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ピマーイ遺跡はカンボジアのアンコール・ワットの建立に先立って造営されました。





これがピマーイ遺跡のシンボルである中央塔です。





二十世紀初頭にフランスの冒険家によって発見された当時の様子です。随分荒れています。

タイ芸術局によって1964年〜68年にかけて修復工事が行われました。



修復後は歴史公園として整備されています。



12世紀ごろクメール王朝(カンボジア)よって建てられたといわれています。



公園内へ入っていくと、まず目に入る光景です。





テラスになっており、ナーガの橋と呼ばれています。





ナーガの橋の手前からピマーイ遺跡の正面を眺めたところです。中央塔の先端が見えます。





少し近づいたところです。シンハ(獅子)とナーガの出迎えを受けます。





さらに近付いてみました。階段を上ってナーガの橋を行き、外側の第一回廊を眺めます。





シンハ(獅子)とナーガの大写しです。





ナーガの橋のテラスにある巨大なナーガ像です。





ナーガの橋のテラスの様子です。





ナーガの頭の部分と、胴体の様子です。





ナーガを後ろから眺めたところです。床はラテライト・ブロックと呼ばれる赤い石が敷かれています。





ナーガの橋のテラスの上から、来た方向を眺めたところです。すぐに市街地があります。





ナーガの橋へ上る階段の様子です。





ナーガの橋の床の様子はこんな状況です。





ナーガの橋から外側にある第一回廊へ入る入口です。





入口の左側の状況です。





入口の右側です。いずれも立派な石造りです。





ところどころに穴の明けられた石があります。





ここにも穴の開けられた石があります。





入口の上にあるまぐさ石の彫刻です。





そのまぐさ石の大写しです。踊る姿が生き生きと彫られています。





石造りの回廊の向こうに、中央塔の頭の部分が見えます。





回廊の様子です。人力しかなかった時代に、重い石をどのようにして持ち上げたのでしょうか。





回廊の通路の様子です。枠の両側には飾り石が配置されています。





堂々たる石造りの柱が並びます。





門の部分には、このような立派な石造りの柱があります。





ところどころに、このようなフレームが配置されています。





第一回廊から第二回廊を眺めたところです。





飾り石の中央部分です。





飾り柱の下部には、このような彫刻があります。





随分手の込んだ彫刻です。





内側から眺めた飾り窓です。





外側から眺めた飾り窓の様子です。





再び内部から飾り窓を通して、外を眺めたところです。





まぐさ石の彫刻です。





中央にはクメール遺跡ではどこででも彫られているカーラ神を見ることができます。





フレームを通して見た木の向こうに中央塔が見えてきました。





いよいよピーマイ遺跡の第二回廊と、幾つかの塔が見えてきました。





少し近づいてみました。手前には聖なる池があります。





ピマーイ遺跡のメインである、中央塔が見えてきました。





左側がレッドストーン・タワーで、中央塔、右側がブラフマダット・タワーです。





中央塔です。





中央塔のトップの大写しです。





中央塔を少し下がったところです。





いろいろな彫刻物が見えますが、この辺りは修復されたところです。





その大写しです。





ご覧頂いているのは、中央塔の南側の出入り口です。





南側の入口の上のペディメント(破風)と呼ばれる部分のアップです。





中央塔を手前にある第二回廊越しに眺めたところです。





その大写しです。ペディメント(破風)には、踊るシバ神が彫られています。





少し離れて眺めたところです。





角度を変えて眺めたところです。二段になったペディメントの右側には踊るシバ神が見えます。





正面から眺めたところです。後ろに中央塔があるのですが、この角度からは見えません。





ペディメントの大写しです。





ペディメントの大写しを見ると、修復が随分ずざんなことがわかります。





真下から眺めた踊るシバ神です。修復の難しさが理解できます。





少し離れますと、中央塔をバックにした姿になります。





また近づくと、中央塔は見えなくなります。





離れて眺めた姿は修復が十分行われているように見えますが、よく見るとそうではありません。





修復の様子をとくとご覧ください。修復という作業がいかに困難なことかがわかります。





踊るシバ神ですが、ずさんな修復ですね。これしか修復のしようがなかったのでしょう。





これは アンコール・ワット の踊るシバ神です。似ていることがおわかりいただけると思います。





中央塔との関係はこんな感じです。ペディメントが二段になっています。





違う角度から眺めたところです。ナーガの姿も確認できます。





上の写真とは反対側から撮ったものです。ペディメントの修復の様子が見てとれます。





第二回廊の外側から眺めた中央塔です。第二回廊の一部には屋根の部分が残っています。





再び中央塔の姿です。上部は修復された姿です。





中央塔の大写しです。





修復された中央塔です。一部には修復し過ぎたという考えもあるようです。





再び第二回廊を通して眺めた中央塔です。





回廊の屋根はほとんど残っていませんので、このように中央塔が眺められます。





ここは寺院建設の時に、縁起のいい品を収めた跡です。内容物はピマーイ博物館にあります。





位置を変えて近づいたところです。





ここにもまぐさ石がありました。





ここのレリーフははっきりしたものではありませんでした。





こういったまぐさ石もありました。強烈な日差しであることがおわかりでしょうか。





中央塔のベランダ部分です。





よく見ると手の込んだ彫刻が施されています。





ベランダ部分を少し離れて眺めたところです。





実にきれいな彫刻がなされています。





紋様の大写しです。石をここまで彫ったのですから見事という他はありません。





飾り柱の下部の彫刻です。





それの大写しです。





こちらの飾りはなかなかリアルです。クメールの彫刻だとわかります。





似たような格好ですが、少し違いますね。





踊子の姿でしょうか。





一部破損しているようですが、きれいに彫られています。





人物もさることながら、紋様もきれいです。





飾り柱によって、それぞれ人物や紋様が異なっています。





これはヒンドゥーの神でしょうか。紋様も手が込んだ彫刻です。





中央塔のベランダの上部分です。





ベランダの様子です。落ちないように注意しながらの撮影でした。





基礎部分に彫られた紋様です。





中央塔の基礎部分の様子です。ベランダの高さは1m以上あります。





中央塔の横につながるマンダパと呼ばれる控えの間です。





マンダパと呼ばれる控えの間に少し近づいたところです。





マンダパのペディメント部分です。修復のずさんさというか、困難な様が読み取れます。





中央塔の西の入口にあるまぐさ石のレリーフです。





ラーマヤナに基づくもので、ランカ島へ橋を掛ける場面です。中央は猿軍団に囲まれるラクシマナです。





中央塔とそれに続く控えの間の西側の様子です。





中央塔と控えの間の西側です。まぐさ石の位置関係がはっきりします。





出入り口の上のレリーフは、やはりここでもインドの叙事詩ラーマーヤナに基づくものです。





インドの叙事詩ラーマヤナに基づくレリーフです。下部に猿軍団が見えます。





ラーマヤナはインドからタイへ渡り、ラーマキエン物語として発展しました。





再び中央塔の勇士です。





この写真は アンコール・ワット の中央塔です。規模こそ違いますが似ています。





カンボジアのアンコール・ワットの練習用に建てたという説に頷けます。





中央塔の少し下がった部分です。





さらに下がった部分を位置を変えて撮ったところです。





離れて眺めたところです。





中央塔のこの辺りは原形をとどめていた部分です。





ラーマヤナに基づいたレリーフのあるまぐさ石の部分を離れて撮ったところです。





そのまぐさ石の上部のペディメント部分です。修復の困難さを知らされます。





現存する石の破片をいろいろ組み合わせて、こんなところだろうと妥協したのでしょう。





真下からの大写しです。





長い間の風雨で溶けてしまったような箇所も見られます。





控えの間への出入り口と飾り柱、それとまぐさ石の様子です。建物の内部に何やら像が見えます。





少し遠のいて眺めたところです。





また近づいて眺めたところです。





ラーマーヤナの猿軍団が見てとれます。ランカ島へ橋を掛けているところでしょうか。





まぐさ石のありようがおわかりいただけると思います。





別の位置から眺めた中央塔とそれに連なる控えの間です。





少し離れて中央塔を眺めたところです。アンコール・ワットの中央塔にそっくりです。





これが アンコール・ワット の中央塔です。よく似ていることがおわかりいただけると思います。





アンコール・ワットの中央塔と比べてみますと、タイのアンコール・ワットといわれるのも頷けます。





また中央の拡大画面です。何回も同じような画面が出てきますが、撮る角度を変えています。





アンコール・ワットに先駆けて造られたということが、なるほどと頷けます。





中央塔の美しい姿です。左に見えるのは、ブラマダット・タワーです。





中央塔の堂々たる姿です。人力しかかなった時代によくもこういった造営ができたものだと感心します。





雨による浸食の様子が見て取れます。





少し角度を変えてのアップです。





空をご覧ください。タイではこのような青空の下での撮影は暑くて大変です。





先ほどとほぼ同じ角度ですが、中央塔の一番美しい姿です。高さは28mだそうです。





同じ角度から眺めた中央塔のアップです。





まぐさ石と、その上のペディメントにあるレリーフの様子です。





レリーフの中央部分は何とか修復されていますが、その周りは修復の困難さを知らされます。





レリーフのアップですが、非常に滑らかな彫り具合見て取れます。





まぐさ石とペディメントのレリーフですが、ヒンドゥーの伝説か、ラーマーヤナを題材としたものでしょう。





少し近づいて撮ってみました。地震のない国ですから、こういった修復でいいのでしょう。





中央塔北側の出入り口の様子です。





少し近づいてみました。





大写しにすると修復の様子がよくわかります。





さらに仏塔へ近づいてみました。





もう一歩近づいたところです。





修復の終わった姿ですが、創建時の美しさはいかばかりだったでしょうか。





これもラーマヤナに基づくもので、ナライが巻貝や蓮華を四本の手で持っている姿です。





破壊されてはいますが、創建当時の面影が偲ばれるレリーフです。





4本の手を持つナライの姿の大写しです。





ナライの上にあるペディメントのレリーフです。修復作業って根気のいる作業なのですね。





これもラーマヤナから題材を取ったものでしょう。車輪を石でここまで掘ったとは素晴らしいです。





少し離れて撮った光景です。





地震国の日本ではこのような修復では危険ですが、地震のないタイならではです。





まぐさ石のレリーフには四本の手を持つビシュヌ神(ナライ)の姿が彫られています。





シバ神の彫られているまぐさ石の上の彫刻です。車輪の彫りなど見事です。





まぐさ石の上部の彫刻を少し離れて眺めたものです。修復の難しさを知らされます。





さらにアップでとらえてみました。人物の頭の恰好は完全にクメール文化のものです。





中央塔の北の入口から内部へ入った部屋の上部のレリーフです。





このレリーフは仏教に関するもののようですかね。





中央と上段には四つの顔と、八つの腕に武器を持つ姿が描かれています。





別のレリーフです。修復の難しさをここでも知らされます。





上段には踊る姿のようですが、下段は崩れかかっています。





遺跡には不似合いな天井と監視カメラがあります。





その大写しです。ここには木材が使われていますが、修復はずさんなものです。





ラーマーヤナの猿軍団でしょうか。尻尾のある猿が踊っているように見えます。





中央塔の内部に安置された仏陀像です。12世紀ごろの作で、これはレプリカです。





別の角度から撮った仏陀像です。





光背はナーガです。日本では見られないものです。





これも中央塔の内部にあったものですが、何の目的のものなのかはわかりません。



ピマーイ遺跡1をご覧いただきました。現在は世界遺産に指定されたのではないかと思います。



続けて ピマーイ遺跡2 をご覧ください。