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ロップーリーの駅前にある ワット・プラ・シー・ラッタナー・マハタート をご覧ください。


ワット・プラ・シー・ラッタナー・マハタートの案内板です。マハタートとは 「偉大な」 という意味です。



ワット・プラ・シー・ラッタナー・マハタートは広大な敷地の中にあります。





境内へ入ってすぐに目に入ってくるのが、この建物です。


ここにはクメール、スコータイ、そしてアユタヤ時代の仏塔があるそうです。



礼拝堂?と思われる建物跡へ近づいたところです。ここには案内板が一切ありません。





建物の前から右側の横をながめますと、トウモロコシのような形をした仏塔がありました。





建物の前から左側を眺めたところです。





礼拝堂と思しき建物の中です。柱跡と壁が残るだけです。奥には仏塔の先がみえます。





柱の跡と思われるものです。





礼拝堂と思しき建物の一番奥の様子です。破壊された仏像が何体もありました。


手前の中央に黄色の花輪(マーライ)が供えれており、赤く立っている細いものは、お線香の燃えカスです。



さらに奥へ続く口がありました。





礼拝堂と思しき建物を出ますと、仏像の台座のようなものが並んでいました。





台座付近の様子です。





中国風の建物のような感じがしますね。ここには屋根がありましたが、中へは入れませんでした。





境内の様子です。左手前に台座の一部が写っています。





手前に立つ大きな仏塔はクメール様式です。右端はアユタヤ様式の仏塔です。





一番手前の仏塔を撮る位置を変えてアップで撮ったろころです。





ピマーイ遺跡の中央塔です。似ていませんか。





クメール様式のプラーンの仏塔を廻りながら撮っています。





プラーン(クメール様式)ですが、ここには案内板がありません。





これもカンボジアノのアンコール・ワット遺跡群の仏塔に似ていますね。クメール様式です。





少し離れてプラーン(クメール様式の仏塔)を撮ったところです。





同じ仏塔を撮っています。





今度は同じ仏塔を離れて撮ったところです。奥に見える建物が初めに目に入った建物です。





これはピマーイ遺跡の中央塔ですが似ていますね。





少しアップして撮った仏塔ですが、こちら側は味気ない補強がしてあります。





少し離れて木立の間から撮った仏塔です。





木立の間からアップしたところです。





仏塔を縦長に撮ったところです。この仏塔辺りがこの遺跡のメインです。





仏塔の先のアップです。





少し引いて仏塔をアップで撮りました。





屋根のある建物と、仏塔とはこんな位置関係にあります。





建物の基礎部分越しに眺めた仏塔です。最盛期のこの寺の偉容を実感させられます。





境内の様子です。屋根のある建物が写っています。





再度仏塔付近の様子です。中央の建物が境内へ入ってすぐに見えたものです。





ここにもいろいろな形の仏塔が建っています。





片方の肩から上を切り取られたような仏像です。





境内から眺めた様子ですが、向こうには豪邸が建っています。





ここにも形の異なる仏塔がみえます





屋根の残っている建物の後ろの様子です。





木立の間から眺めたトーモロコシの形をした仏塔です。





位置を変えて撮りました。





そのアップです。





さらなるアップです。今は仏龕の中には何もありません。





ここからは三つの形の異なる仏塔が眺められます。





上記の横に建つ仏塔です。





この仏塔の仏龕には七体の像がありましたが、その内の二体は形を留めていませんでした。





境内の様子ですが、大変な厚さのレンガの壁です。





別の仏塔ですす。





よくみますと、合掌した姿の仏像が仏塔のデザインに使われています。





これは何の穴でしょうか。井戸でしょうか。境内には案内板が一切ありません。





廃墟となった建物から眺めた仏塔です。仏像が転がっています。





各所で形の異なる仏塔を眺めることができます。





この遺跡の様子です。タイの遺跡は大体こんな感じが多いです。





中心になる仏塔ですが、この寺の最盛期はすごかったと思います。





まさに無常を感じさせるタイの遺跡です。ほとんどが戦争で破壊されたものです。





異なる二つの仏塔です。建立された時代が異なると思います。手前の仏塔はチェディーと呼ばれます





二つの仏塔を縦長に撮ったものです。





位置を変えながら撮っています。チェディーとプラーンです。





手前のチェディーと呼ばれる仏塔の中間部のアップです。





仏塔の中間部分を少し位置を変えて撮ったものです。仏さまの座像が仏塔を取り巻いています。





仏塔の仏塔の間から眺めたところです。幾つもの仏塔が並んでいます。





この辺りがワット・プラ・シー・ラッタナー・マハタートの中心です。





位置を変えて撮ったものです。





僅かに位置を変えて撮ったこの遺跡の中心となる部分です。





四角い石を積み上げたような仏塔です。仏龕の中には遊行仏の姿がみえます。





上記の仏塔を位置を変えて撮ったものです。





これは縦長に撮ったものです。形が完全に異なる仏塔ですね。





タイの遺跡の特徴がよく掴める光景です。こういったスタイルが多いです。





この仏塔はクメール様式です。クメールとは今のカンボジアに起こった王朝のことです





右側に屋根のある小さな建物があります。タイで屋根の残っている遺跡は珍しいです。





建立時の見事さを彷彿とさせられる光景です。





このように実に多くの仏塔が並びます。





これはまた違ったデザインの仏塔ですね。無粋な電線が張られています。タイの電柱は四角です。





そのアップです。仏塔のすぐ前を電線が張られています。こういった光景はしばしば見受けます。





屋根のある建物の付近を撮ったところです。





破壊し尽くされた建物の規模は相当大きなものです。壮大な寺だったことがわかります。





木立の間からの光景ですが、木が若いですね。





これでこの寺の遺跡をぐるっと回り、元のところへ戻ってきました。





タイの遺跡を巡りますと、諸行無常・盛者必衰のことわりを本当に思わされます。





トウモロコシのような仏塔を木立の間から眺めたところです。





駐車場からの眺めです。





これは境内にある木の枝から下がった根のようなものです。南方特有なものですね。





遺跡を出まして少し行きますと、町に残っている城壁に着きます。





このように城壁をめぐらしていても侵略されたのですよ。非武装は日本以外では考えられません。





城壁をくぐって振り返ってみたところです。タイは軍隊を持ち徴兵制も維持されています。





城壁の下には神棚のようなものが祀られていました。非武装中立なんて馬鹿な考えはありません。





城壁の付近に立つ家の軒下から撮った城壁です。


ロッブリーの町にあるワット・プラ・シー・ラッタナー・マハタートをご覧いただきました。



続けて ワット・クン・インタムラムン をご覧ください。