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ワット・プラ・プラタート・チョーヘーの続きを、ごゆっくりとご覧ください。



お釈迦さまが麻耶夫人の脇の下からお生まれになって、すぐに七歩歩んだとされる絵があります。


この時に、お釈迦さまが発したとされるお言葉が、 ” 天上天下唯我独尊 ” です。



お釈迦さまがマーヤー夫人の脇の下からお生まれになった時の光景を描いた絵の大写しです。


ゴータマ・シッダールタをお産みになったマーヤー夫人は、出産後間もなくして(一週間後)亡くなります。



お釈迦さまご誕生の絵と共に、天井や梁の様子にもご注目ください。






タイ各地にあるお釈迦さまご誕生の光景をご覧ください。


チェンライにあるワット・プラケオの黄金で作られたお釈迦さま誕生の様子です。


ワット・プラケオという名のお寺は、バンコクの他にも、チェンライやシーサッチャナライにもあります。



この写真はタイ中部のスパンブリー県にあるワット・パイロン・ウアの お釈迦様誕生 の様子です。





ミャンマーとの国境の町で見掛けた、本堂の破風に描かれたお釈迦さまご誕生の光景です。





これもミャンマーとの国境の町で見掛けたお釈迦さまご誕生の光景です。





これもミャンマーとの国境の町タークで見掛けたお釈迦さまご誕生の光景です。





シンブリーにあるワット・プラノーンチャクシー・ウォラウイハーンのお釈迦さま誕生の様子です。


七歩歩んだとされることの意味は、六道 (地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天)を超えるということです。

生まれたばかりの赤ん坊が、すぐに歩む訳がないじゃあないかと受け取ることは軽率な考えです。



2012年に再び同じお寺を訪ねた時のゴータマ・シッダールタ誕生の様子です。





位置を変えて撮ったところの様子です。タイの民族衣服を着せられていました。





ゴータマ・シッダールタご誕生の像の横で、女性が笑顔で手を叩いています。





タイの娑羅双樹の花です。日本やインドのものとは異なります。釈迦誕生の像の横に咲いていました。


タイではこの花を ” サーラ ” といいます。 ” サーラ ”と ” 娑羅 ” の韻が合います。



実はこの花の前で手を叩くと花が開くという言い伝えがあるために、女性が手を叩いていたのです。





勿論そんなことはないのですが、タイではよくこういう光景を各地で見かけます。





この花はお釈迦様がお生まれになられた時と、涅槃にお入りになった時に咲いたといわれています。





バンコクにあるワット・マハンのお釈迦さま誕生の絵です。





ワット・パイロン・ウアの本堂の壁画にあったゴータマ・シッダールタ(後の釈尊)の誕生図です。





そのアップです。ゴータマ・シッダールタは麻耶夫人の右脇下からお生まれになったという伝説があります。



そんなことはないと思われるでしょうが、これは釈尊がクシャトリアの階級に生まれたことを暗示しています。

既に、カースト制度があったのです。 そこで釈尊が平等を説いたのですから、反発があったのは当然です。

釈尊の時代にはジャイナ教やバラモン教があり、釈尊が教えを説いた時の時代背景にも注意が必要です。



本堂内にあった別のゴータマ・シッダールタ(後の釈尊)の誕生図です。





愛知県碧南市にある応仁寺の釈迦誕生図です。




そのアップです。ここにも七歩歩まれる光景が描かれています。


タイ各地と日本のお釈迦さまご誕生の様子を描いたところをご覧いただきました。



ワット・プラタート・チョーヘーの本堂の内部です。正面は、お釈迦さまの修行中のお姿です。





お釈迦さまのご修行中のお姿の大写しです。お若いお顔立ちに描かれています。





お釈迦さまの絵は幕に描かれたもので、壁画ではありません。





正面からの映像です。幕に描かれていますので、たるんでいるのがわかります。





本尊の後ろには釈尊が悟りを得た後、梵天勧請により法を説いた初転法輪の光景が描かれています。



釈尊が悟りを開かれた後、梵天による勧めで釈尊が修行者達に法を説かれなかったならば、今日我

々のところまで仏教は届いていませんでした。 仏教徒にとっては、感動的な場面が描かれています。


もちろん ” 梵天勧請 ” は伝説ですが、仏教徒にとっては重要な言い伝えです。



天井には仏教のシンボルである法輪が描かれています。





法輪を描いた天井のアップです。





柱越しに見るお釈迦さまが 涅槃 に入られた時の様子です。柱の装飾もご覧ください。





お釈迦さまが沙羅双樹の木の下で頭を北に向けて 涅槃 に入られた時の状況を描いた絵です。


タイでは仏暦が使われています。平成24年は仏暦2555年です。仏暦では釈尊ご入滅を元年と数えます。



お釈迦さまが涅槃に入られた時の絵の大写しです。このようなスタイルの仏像を 涅槃仏 といいます。


釈尊が涅槃に入られたのは80歳です。鍛冶屋のチュンダから喜捨された食事が原因でご入滅となられました。



釈尊最後の様子は、 『ブッダ最後の旅―大パリニッバーナ経 (岩波文庫)』 をお読みください。


同じような文章が各所で繰り返されて記されており、読みにくい面は多々あります

が、 お読みになれば釈尊のお人柄までがわかります。 中村元先生の訳本です。



インドの原始仏教関係に興味のある方は 『ブッダのことば スッタニパ ータ(岩波文庫)』 もお読みください。

この本も中村元先生の訳本です。


他には 『スッタニパータ (仏教最古の世界)』(岩波書店) もあります。 著者は並川孝儀先生です。

『スッタニパータ』については、幾つも書かれています。お近くの図書館で検索してお読みください。




ここからはタイ各地にある涅槃仏と寝仏をご覧いただきます。涅槃仏と寝仏の違いもご覧ください。


これはチェンライのワット・プラケオにある黄金で作られたお釈迦さまご入滅の様子です。


ワット・プラケオはバンコクの他にも、チェンライやシーサッチャナライにもあります。



これはバンコクにある ワット・スタットの礼拝堂 のご本尊の台座の裏の彫刻です。





ご本尊の台座部分の裏側の彫刻の大写しですが、涅槃仏らしい二体の姿が見えます。





中華街に近いワット・サンパンタワングサラム・ウオラウィハーンにある本尊の前の涅槃仏です。





プミポン国王陛下が出家されたお寺 (ワット・ボウォニウェート) にある壁画の前の涅槃仏です。


この寺の建物の内部は、 出安居(であんご) の時にしか公開されませんので、これは貴重な映像です。


入り安居(いりあんご)出安居(であんご)

安居(あんご)とは、雨季になりますと地中に暮らしていた虫などが地上へ出てきます。 仏

教では殺生をきらいますので、その雨季の間は、僧院にこもって勉学に励む習わしがあり

ます。これを“安居”といい、安居に入ることを”入り安居(カーオ・パンサー)”といい、安居

の終わるのを”出安居(オーク・パンサー)”といいます。 ( ) 内はタイ語での呼び方です。



釈尊は道を歩く時、虫を踏み殺さない様に下を見ながら歩いたといわれています。



バンコクにあるワット・マハンにあったお釈迦さまが涅槃に入られた時の絵です。





これは愛知県碧南市にある応仁寺の釈迦涅槃像です。日本式に描かれています。





ここからは、タイの各地にある涅槃仏をご覧ください。


これはアントンにあるタイ最大の、ワット・クン・インタプラムンの涅槃仏です。全長50mです。


創建当時は黄金に輝く涅槃仏だったようですが、ビルマとの戦いによって失われたのを再建したものです。



別の角度から眺めたタイ最大の涅槃仏です。





近くにいる人と比べてみてください。涅槃仏の大きさがわかろうというものです。





タイ最大の涅槃仏のお顔のアップです。





タイ最大の涅槃仏の足の部分です。





涅槃仏の足の裏です。足の裏に飾りの紋様があります。涅槃仏ですので、両足が揃っています。





これがその紋様の大写しです。





アユタヤにあるワット・ロカヤスタの涅槃仏です。やはり足が揃っていて偏平足です。





ペンキが剥げてしまっています。全長28mあります。





何とも言えないゆったりとしたお顔です。





昔行った時に撮った涅槃仏のお顔の大写しです。





足の部分です。涅槃仏ですから両足が揃っています。そして扁平足です。





涅槃仏ですから両足の指が揃っているのですが、ご在世の時の像であれば足は揃いません。





後ろから眺めた涅槃仏です。扁平足であることがおわかりですね。





涅槃仏のように見えますが、これは寝仏 ( 寝釈迦 ) です。ワット・パイロン・ウアで見掛けたものです。





これが寝仏の足です。揃っていませんし、偏平足でもありません。このように足の形にも意味があるのです。





シーサッチャナライ遺跡にあるワット・プラケオの涅槃仏です。


ワット・プラケオはバンコクにもありますが、シーサッチャナライにもありますし、チェンライにもあります。



随分四角いお顔の仏像の前に横たわる涅槃仏です。足も揃っており、偏平足になっています。





涅槃仏の裏側のようすです。





これはタイで最もポピュラーなワット・ポーにある黄金に輝く涅槃仏です。全長46mです。





巨大な涅槃仏の足裏です。螺鈿細工で描かれているのはバラモン教の宇宙観です。


ここでも涅槃仏ですから両足が揃っており、完全な扁平足です。仏の三二相が関係しているかも知れません。



ワット・ポーの涅槃仏のお顔です。





涅槃仏のお顔は観る角度によって変化します。





この角度からですと、随分面長なお顔になります。





チェンマイにあるワット・プラシンの涅槃仏です。小さなお堂の中にあり、鉄格子の間から撮りました。





金箔に覆われたワット・プラシンの涅槃仏です。唇の下が膨れています。





チェンマイにあるワット・チェディールアンの涅槃仏です。足が揃っていまして偏平足です。





お釈迦さまが涅槃に入られた時のお姿を映した涅槃仏は、タイでは大変ポピュラーなものです





バンコクにあるワット・ボウォーニウェートの小さな涅槃仏です。


この寺はプミポン国王陛下が出家修行されたお寺として有名です。通常は公開されていませんので貴重な映像です。



少し位置を変えて撮ったものです。後ろには多くの僧が嘆き悲しんでいる姿が描かれています。


この写真は、このページの中でだぶって掲載されていますので、ご承知置きください。



バンコクにあるワット・ラチャナダーの涅槃仏です。





バンコクにあるワット・インドラウィハーンの本堂に描かれた涅槃仏です。





ご本尊は三体あり、その後ろの壁面に涅槃仏が描かれています。横には数多くの脇仏が並びます。





涅槃仏は堂内の他にも、このように描かれています。





ミャンマーとの国境を接するタークにあるワット・プラウにあった寝仏です。足の指が揃っていません。





シンブリーにあるワット・プラノーンチャクシー・ウォラウイハーンの涅槃仏です。


涅槃仏の下は、参拝客が貼る金箔で光り輝いていました。



如何に大きな涅槃仏であることがおわかりいただけると思います。


お堂一杯に横たわっておられますので、全体像を映すことはできませんでした。これが精一杯です。



参拝客は金箔を張り付けてから祈りを捧げます。体の悪いところを治して欲しいと願って貼るようです


ここでも奥に涅槃仏の足が写っていますが、足が揃っており、指も揃っています。これが涅槃仏の特徴です。



ノンタブリーのチャオプラヤー川沿いの寺にあった涅槃仏です。やはり足が揃っていますね。





極普通のお寺ですが、このように大きな涅槃仏がありました。





涅槃仏の前には、小さな涅槃仏が幾つもありました。





涅槃仏のお顔です。





涅槃仏の横たわるお姿をご覧ください。





スパンブリーにある ワット・パイロンウア のリラックスしているお姿です。





リラックスした仏の足をご覧ください。涅槃仏のように足が揃っていません。





ミャンマー(ビルマ)のバゴーにあるにある シュエターリャウン の寝仏または寝釈迦と呼ばれる像をごらんください。





シュエターリャウン の寝仏または寝釈迦と呼ばれる像を位置を移動して撮ったところです。


これらの写真は、関係するところで重複掲載されていますので、ご承知置きください。



寝仏または寝釈迦と呼ばれる像の足が涅槃仏のように足が揃っていないところにご注目ください。





ミャンマーのヤンゴンにある チウッタヂー・パヤー の寝仏 ( 寝釈迦 ) と呼ばれる像をご覧ください。


寝仏または寝釈迦といっても目は開けておいでになりますので、お顔からだけでは涅槃仏との区別はつきません。



ヤンゴンにある チウッタヂー・パヤー の寝仏 ( 寝釈迦 ) と呼ばれる像を移動して撮ったところです。


これらの写真は、関係するところで重複掲載されていますので、ご承知置きください。



やはり涅槃仏のように足が揃っていないとがわかります。足の形にも意味があるのです。





タイとミャンマーにある、お釈迦さまご入滅のお姿を映した涅槃仏と、寝仏の違いをご覧いただきました。



お釈迦さまご誕生とご入滅の時に咲いたといわれる タイの沙羅双樹 の花です。





タイでは サーラ といい、和名はホウガンボクです。日本の沙羅双樹とは異なるものです。





サーラ (和名:ホウガンボク) には、まさに砲丸のような実がなります。





ご本尊の右隣に鎮座する、白い肌の仏像です。





白い肌の仏像二体をアップしたところです。





ご本尊の左側に鎮座する仏像です。右端は托鉢のお姿です。





堂内の左側にある儀式の時に使われる厨子です。私はこれが実際に使われているところは見たことがありません。





壁面や天井と、壁面に描かれた雲に乗った天人像をご覧ください。





反対側の壁面に描かれた像です。雲に乗った天人像なら日本でも見ることができます。





改めて釈尊の悟りを開いた後の初転法輪図の意味合を考えながら、ご本尊と共にご覧ください。





ワット・プラタート・チョーヘーには、仏舎利を納めたといわれる仏塔が建っています。


” 仏舎利 ” とは、釈尊の遺骨や遺髪のことです。



仏塔を逆光の中で撮ったものです。この仏塔には肘の骨と遺髪とが納められているといわれています。





ワット・プラタート・チョーヘーの仏塔は、高さ33メートル、基礎の一辺の幅は10メートルだそうです。





ごいろいろな角度から撮っています。





王室寺院としては格が低いようですが、黄金に輝く仏塔は立派なものです。





仏塔の上部を撮りました。





黄金に輝く仏塔のトップをご覧ください。





仏塔と横に建つ小さな仏塔と本堂の屋根です。





仏塔のトップのアップです。日本の五重の塔の相輪に通じるものです。





仏塔の下部には黄色い布が巻かれています。





虎の置物がありますが、この寺は寅年生まれの人が参るべき寺だそうです。





仏塔の横に建つ小さな仏塔のトップもご覧ください。





小さな仏塔と、仏塔の周りで祈る人々の様子です。





タイ北部特有の傘の飾りと、人々が参拝するところです。仏塔の底辺の一辺の長さは10mです。





仏塔の下で祈りが捧げられています。回廊の様子も一部ですがご覧ください。





別の角度から撮った仏塔の周りの参拝箇所の様子です。





仏塔の下部と、後ろに見える屋根は本堂です。





別の角度で撮った参拝の箇所に立つ傘の飾りです。





仏塔を背にした、北タイにある寺特有の傘の飾りです。





人々は仏塔の周りを巡って祈りを捧げます。黒いマットの上を歩いて祈りを捧げます。





参拝客は靴を脱いで仏塔の周りで、お線香やお花を手向けます。





この光景は、本堂と仏塔の回廊の外側の様子です。





仏塔と本堂を取り囲む回廊の外側には、白い小さな仏塔があります。





左側には鐘が幾つもぶら下がっています。





回廊の横に吊り下げられた鐘です。





タイの寺院でよく見掛ける光景です。参拝客は自由に鐘を打ち鳴らすことができます。





鐘の中に鉄の棒がぶら下がっていますので、それで鐘を鳴らします。音色はそれぞれ異なります。





境内の案内図です。





白い仏塔の様子です。人々は仏塔の中でも祈りを捧げます。





白い仏塔へ近づいてみました。





白い仏塔の内部です。





可愛らしい仏さまが鎮座していました。





境内の様子です。正面に見える白い塔は山門です。





少し位置を変えて撮ってみました。





境内にはいろいろな建物が建っています。釣鐘もあります。





境内の階段の横には、珍しいスタイルの像もありました。





お供えする蝋燭やお線香、それにお花です。





ワット・プラトート・チョーヘーは小高い丘の上に建っています。





境内から下を眺めたところです。釈迦の座像が見えます。





寺の周りの景色はこんな感じです。





寺の下にある駐車場と土産物屋です。





土産物屋のアップです。





土産物屋の様子です。どこも同じですね。





この車をチャーターして行きました。タイは地方ではタクシーは走っていません。



ちなみに、車のチャーター料は、ガソリン代は別で、 運転手付きで1日

1500バーツ(約4、500円)でした。日本と比べますと随分安いです。



プレー県にある ワット・プラタート・チョーヘー2 をご覧いただきました。


ワット・プラ・タート・チョーヘー 1 をご覧になりたい場合は ここ クリックしてください。



続けて チーク材の館 をご覧ください。